空間スケールを意識して問題解決を考える

こんにちは。さともん代表の鈴木です。

先日(12月3日)、丹波新聞の1面に↓の記事が掲載されました。

yahooニュースのトップニュースにも出たようで、たくさんコメントが寄せられています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/43702877f033ead9002fd9d83395d66ca66eb0f7

記事やコメントを読んでいると、「主体」や問題解決の「空間スケール」がバラバラなのが気になります。それをそれぞれ切り取ってつなげてしまうと「対立構造」として描きやすく、互いに求めたり、批判したりしてしまいがちです。

これは獣害問題を扱う際に陥りやすいことですが、対立していては問題は解決しません。

問題解決のためには「どの空間スケール」で「誰が」「何を」がするかが必要で、大切なのはその連携です。その考え方や技術・方法論というのはずいぶん整理されているので、紹介したいと思います。

小さな空間から問題解決を考える

極端な話、全国のサル問題の解決を考えると、それはとてつもなく大きな道のりが必要になります。基本的に問題解決をしようとする空間スケールが大きくなるほど、問題の質や構造は複雑になるし、より多くの作業と関係機関・主体の協力が必要になります。

考え方としては、基本的に小さな空間スケールからやるべきこととその主な主体・担い手を整理していくことです。もっとも小さな空間スケールは「農地」への被害、次に「集落」への被害、その次に「市町村域」での問題、「都府県域」での問題というふうに、空間スケールを明確にして、やるべきことを議論していく必要があります。

農地の問題解決を考える(農地を守るには)

まず、最小スケールの「農地」の問題解決を考えます。個人の農地で発生する食害です。この対策の担い手は当然のことながらそれぞれの農家個人ということになります。自分の農地・財産は自分で守る考え方が大切です。

農地を守るためにどうしたらよいか。もっとも有効なのは防護柵を設置することです。ところが、手足が器用で運動能力・学習能力が高いサルに対しては、10数年前までは、設置管理がしやすくて効果が高いサル用の防護柵はありませんでした。「サルは頭が良い。何をやってもダメ」という認識をお持ちの方は依然として多いかもしれません。

しかし、今は、高確率でサルの被害を防止し、設置・維持管理もしやすいサル用の電気柵があります。私はいつも、通電式支柱「おじろ用心棒」を用いたワイヤーメッシュと電気柵の複合柵をお勧めしています(詳しくはまた別に記事を書こうと思います)。

課題としては、まだこうした技術・方法があるということが知識・情報として十分伝達されていない地域がまだまだ多いこと、自給的農家など換金作物を栽培していない方の場合、電気柵の設置にかかる費用負担が大きく、設置に消極的な場合があることです。

農作物への食害は、獣害問題のもっとも根幹をなすものです。自家用作物であっても、丹精込めて育てた収穫間近の農作物を食べられてしまう悔しさ・怒りは被害にあった人でしか分からない、つらい体験で、営農意欲も失われてしまいます。しかし、農地への食害を防止する技術は既に確立されており、サルの行動特性を踏まえて確実に効果がでる柵を正しく設置・維持管理していれば、その直後から農地の問題は解決します。

繰り返しますが、その主体は農家自身。自分の農地・財産は自分で守る考え方が大切です。行政ができることはそのサポートです。

集落全体の問題解決(集落への出没を減らすには)

次に問題解決を考えたい空間スケールは「集落」です。サルの被害は農地だけではありません。集落の人家付近に出没して屋根に乗って暴れたり、瓦をめくったり、樋を壊したり、軒先に吊るしてある干し柿やたまねぎ、大根などを食べたりします。人馴れが進行している場合、人に威嚇したり、時には倉庫内や人家内に侵入していしまう問題も発生することがあります。

農地での農作物被害のほか、上記のような生活被害・精神的な被害も発生させている場合があり、各自が農地を電気柵で守るだけでは、対応できません。これらを防止するためには、群れの集落全体への出没を抑制するという考え方が必要です。

集落への出没を抑制するためには、サルの出没要因を把握し、その要因を取り除く必要があります。サルだけでなく野生動物が集落に出没する一番の目的は、集落に存在する高栄養な農作物や人為的な食物を食べることです。農作物はもちろんですが、収穫しきれずに放置されている柿などの放任果樹、収穫残渣など、食べられても被害と感じないようなものであっても、サルを集落におびき寄せる要因となっている現状があります。

そこで重要なのは、サルがやってきても「食べるものがない」「食べるチャンスがない」環境をつくることです。どんなものがサルの餌になっているか把握したうえで、排除できるものは排除し、守るものはしっかりと守るという対策です。

まず、サルにとって最もごちそうとなっているのは「農作物」です。集落内の被害にあっていた圃場のほとんどを、効果的な電気柵を設置して守れる(サルからすると食べるチャンスがない)農地にすれば、その集落への出没が激減するという実証がされていますし、丹波篠山市内でも事例はたくさんあります。さらに柿が餌になっている場合は、不要木を伐採するなど、集落内の餌の資源量を減らすことで、サルがほとんど寄り付かなくなります。

電気柵の設置や果樹の伐採が進んでいなくても、地域で連携した追い払いを徹底することで出没を減らしている集落もあります。その際のポイントも「食べさせない」ということです。「餌を食べたい」という目的で来ているので、その目的を達成させないという考え方です。追い払いの場合、1人1人がバラバラに追い払いを行っていても、群れでやってくるサルに対しては効果的ではありません。一旦山の中に入って、じっと様子をうかがっていれば、そのうちどこかの農地に隙ができます。人がいなくなったところを見計らって、目的である高栄養で美味しい農作物を食べることができれば、彼らの目的達成です。

「追い払い」は自分の農地を守るためだけでなく、地域のみなさんが連携して組織的に対応することが重要です。山の中でじっと粘っていても、なかなか食べるチャンスがない状態を続けていると、サルは、この集落では「餌を食べることができない」と学習します。追い払いだけで効果を出している集落は、より多くの人が参加し連携して対応する、そんな追い払いをしています。また、群れに発信機を装着して、受信機やアンテナを活用して群れの位置を確認したり共有できるようにすると、追い払いはしやすくなります。

まとめますが、サルが来る目的は「餌」を食べることです。「餌をなくす」「食べられないようにする」ということで、集落内のサルが利用可能な餌の資源量を減らすということが、集落全体を守るポイントです。これらは個人でバラバラ対策を実施していても、効率的ではありません。集落に住む住民同士で現状や問題意識を共有し、目標を定め、みんなで力を合わせて取り組んでいかないと達成できない対策です。

そして、その主体は集落。自分たちの集落は自分たちで守る考え方が大切です。この空間スケールでも、行政ができることは、集落の取り組みのサポートです。

市町村域の問題解決(広域的に群れの被害を減らすには)

「対策をとれば押し付け合い?」と記事にも意見がかかれているとおり、自分の集落で対策をとれば、別の集落にサルを押し付けていることにならないか、という意見があります。これは、もっと大きな空間スケールでの問題解決を意識した意見です。しかし、それを住民の方が心配する必要はありません。この空間スケールの問題解決を考えるのが「行政」の仕事です。

例えば市町村だとすると、市全体の問題解決を考えなければなりません。県だと県全体です。最初に言ったとおり、扱う空間スケールが大きいほど問題解決の道のりは容易ではありませんが、方法論はほとんど整理されてきています。それらをきっちりと伝えるのは別の機会が必要だと思いますので、ここでは、基本的な考えだけを示します。

サルは「群れ」で動く動物です。群れごとに行動範囲(行動域)があり、それぞれの行動範囲の中でだいたいいつも同じパターン(季節によって違いはありますが)で移動しています。なので、○○集落で被害を出す「群れ」はいつも決まった群れです(行動域が重複する場合もあるので、一つの集落に2~3くらいの群れがやってくる場合もあります)。そして、被害を出す群れはいつもお決まりのパターンで集落から集落へ渡り歩くような移動をしています。

サル対策はこの群れで動くという性質をとらえた対策をしなければいけません。被害を出す群れを特定して、その群れを対象として「捕獲」や「被害対策」を推進していくことです。

計画的な個体数調整

サルの群れは小さい群れから100頭を超えるような大集団まで存在します。悪さのレベル(加害レベル)も様々です。たとえば市全体で年間50頭のサルを捕獲したとしても、その地域に5群の群れがいて、それぞれバラバラに10頭ずつ捕獲をしていただけでは、群れの一部を捕っただけにすぎません。仮の話ですが、80頭いる群れだったら70頭になっただけでで、残された個体は群れとして、引き続き行動域内を移動して集落に被害を出し続けます。次の春には出産して1年で元通りになるかもしれません。同じ50頭を捕獲するなら、もっとも被害が大きく頭数の多い群れに対して、集中して捕獲を実施した方が、効果があがります。

そのために、必要なことが調査です。まず、管内に何群の群れがいるのか。そして次に、それぞれの群れの頭数と悪さのレベル(加害レベル)を把握できれば、効果的な捕獲ができるようになるし、限られたリソース(人・捕獲檻・予算)で、どの群れから優先的に対応をしていくべきかが、見えてきます。ターゲットと目標を明確にし、それを達成できる捕獲方法を適用していくことが大事です。

地域主体の対策の推進

捕獲だけでは、残された群れによる被害は止まりません。被害対策の推進が必要です。上述したように、対策は「農地」・「集落」それぞれのスケール・主体で取り組んでいかないと成果がでません。行政ができることはそのサポートです。

ただ、どのようなサポートが必要かということはまだあまり整理されていないかもしれません。1つは継続的に必要な知識・技術を伝えるための場を用意するということです。集落の代表者向けの研修会のほか、やる気になっていただいた集落に出向いて行う出前式の研修会、農地を守るための電気柵の設置実習、追い払い実習、これらをわかりやすく、取り組みやすいように伝えていくということが大切です。優良な取り組みをしている集落事例をモデルとして、紹介したり、その集落の方に方に講師として研修会として話していただくことも効果的です。

そのうえで必要に応じて農地を守り、集落全体の餌資源量を減らすことにつながる電気柵の設置を推進する補助事業や、群れに発信機を装着して位置情報を被害住民に提供する位置情報共有システムの導入など、地域主体の対策を推進させていくための支援策はたくさんあります。

丹波篠山市の取り組みは

丹波篠山市ではこうした広域的に群れの被害を減らすための方策も数々取り組んでいます。

個体数調整については、5群のサルに対して、それぞれ毎年群れの頭数を調査(これは県が行ってくれます)して、その結果に基づいて、それぞれの群れのサイズを30-40頭程度にするように個体数調整を行っています。2013年には91頭だった群れがあり、他の群れより突出して頭数が多かったので、この群れの個体数調整を優先的に実施して、3年間で40頭程度に頭数を減らしました。その間他の群れが増えれば、その群れの頭数を調整するために、限られた捕獲檻を投入していきます。加害レベルの高い群れについては、群れの中で特に人に馴れたサルを麻酔銃で選択的に捕獲するという、最先端の捕獲技術も試しています。その結果、今ではどの群れも30~40頭前後という目標サイズを達成しています。
兵庫県全体ではサルの生息頭数は多い方ではないので、県が定める個体数管理方針に従い、最大限の捕獲を実施しています。

被害対策の推進については、毎年さまざまな研修会を通して、農地を守る技術を地域住民の方に伝えているほか、電気柵(おじろ用心棒)設置にかかる農家の費用負担を軽減するため、補助事業を行っていて、これまで100以上の集落に対して総延長100km以上の補助実績があります。正しくおじろ用心棒を設置しメンテナンスをしている農地では被害はほとんど発生していません。効果を維持するためのノウハウをお伝えする集落へ出張式の出前講座も繰り返し行っています。

そのほか、5群すべてに発信機をつけて「サルイチ」という位置情報共有システムを活用した位置情報の配信(各群れ1日2回の情報発信、6日/週・日祝のぞく)、追い払い用花火などの支給、モンキードッグの育成、バッファーゾーンの整備や不要果樹の伐採の支援など、数々の支援事業を実施しています。

それぞれの空間スケールで対策を

今回の記事内での意見やyahooニュースのコメントにあるように、行政が何もしていないとか、住民に負担が集中してしまうとか、サルが保護されていて農家が保護されていないとか、そういった話ではありません。保護を優先して捕獲をしていないなんてことはなく、計画的に保全と被害軽減の両立を目指した兵庫県の管理計画をベースに、最大限の捕獲を計画的にしていますし、住民主体のサル対策を支援する様々な事業や支援を用意しています。ここまで市町村の役割を精力的に進めている自治体は少なく、丹波篠山市は全国的にもサル対策に計画的・精力的に取り組んでいる有数の市だと思います。

災害への備えでよく言われることですが、鳥獣害対応においても【自助】・【共助】・【公助】の考え方がやはり大切です。それぞれの空間スケールで、自分の農地は自分で守る(自助)、集落の問題は集落内で互いに助け合って守る(共助)、という姿勢・体制があって、はじめて公助(市の施策)も活きてきます。

行政が何もしていない地域でこういうニュースになるのならわかりますが、相手に求めたり、批判したりして対立構造を描いても問題は解決しません。問題解決のためには「どの空間スケール」で「誰が」「何を」がすべきかについての理解と実践が求められています。そういった説明がまだまだ不足しているなと今回の記事を読んでいて思いました。

自分の集落で対策をとれば、別の集落にサルを押し付けていることにならないか、という意見には、私ははっきりと言います。「他の集落の心配をせず、みなさんは遠慮なく自分の農地・集落を守ってください。その影響を心配をするのは行政の仕事です」

そのようにははっきりと説明して、農家・集落を支援できる自治体を作っていくこと、サポートしていくことも、専門家や専門性をもった組織の役割だと感じています。

サル対策でお困りの自治体の方はご相談ください。

一般社団法人ニホンザル管理協会(サルカン)こちらでも体系的な人材育成プログラム(セミナー等)を行っています。