Chapter 01 地域主体の獣害対策が必要な理由

獣害が発生・深刻化する原因として、「野生動物の数が増えたから」「伐採等により森林内の食べ物が減ったから」といった理由を思い浮かべがちですが、野生動物の被害管理という専門分野から、獣害の発生要因を考えた場合、必ずしも個体数の増加だけが原因となっているわけではなく、むしろ集落側に野生動物を誘引する環境があって、そのために野生動物の行動が森林から人里へシフトするようになってきたのが原因と考えられています。

たとえば、森林内の小さな食物を探し求めて生活している野生動物にとって、野菜や果樹など高栄養で消化率が高い農作物は、森林に決してない魅力的な食物資源です。

また農作物は可食部も多く、農地に集中して栽培されているため、採食効率が非常によい理想的な採食場所といえます。

集落内で野生動物の餌となっているのは人間が食べられて困るものだけではありません。周辺には柿や栗など現在人が利用していない果樹も多く存在する場合があります。

農地では収穫されなかった野菜が時期を過ぎてもそのまま放置されていたり、農地の脇や集落内には生ごみやクズ野菜などの投棄場所があったりして野生動物の餌となっている場合があります。

集落内に捨てられたクズ芋を食べるサル

これらのものは、たとえ野生動物に食べられたとしても、人間が「被害と感じない」ものなのかもしれません。しかしながら、野生動物にとっては高質の食物資源であり、このような採食場所が集合している集落は、森林内には決して存在しないとても魅力的な環境に映ってしまいます。

一方、集落は食物環境として好条件である反面、人や犬などに遭遇する機会も多く、かつては野生動物にとって身の安全を確保しづらい不利な条件もありました。

しかし、近年の農村では人口減少や高齢化が進行したほか、飼い犬には係留が義務付けられるようになっっています。また、里山林が手入れされないようになって繁茂した竹林や雑木林が集落のすぐ裏まで迫り、野生動物の接近を助けているとともに、年々増加する耕作放棄地は、さらに集落内に侵入する際の隠れ場となっています。

 

このように、集落を利用した方が野生動物にとって都合のよい状況があって、そのことを学習した野生動物の行動が変化したことが、獣害が発生・深刻化する本当の原因になっていると考えられています。

このようなメカニズムがある以上、野生動物の数を調整する目的で「捕獲」だけを行っていても、集落に依存する野生動物が残っている限り、被害は発生し続けます。高栄養な農作物等に依存した野生動物は繁殖状態も良くなり、個体数増加につながっていきます。集落に引き寄せない・安心させない対策も同時に推進していかないと、効果的な獣害対策にはつながりません。

このような被害の発生要因や助長要因を自ら提供している農業や集落環境の在り方を見つめ直し、野生動物の被害にあいにくい集落づくりを目指そうという活動が全国的にも広がりを見せています。

野生動物対策を他人(行政や狩猟者)まかせにするのではなく、地域住民自らが主体的に被害対策のための知識を学習したうえで、適切な防護柵の設置・維持管理を行うほか、集落全体で放棄野菜や稲刈り後のひこばえなど、食べられても「被害と感じない」餌をなくしたり、野生動物が出没しづらくなるよう環境を整備するなど、獣害対策に取り組もうというものです。このような考えは「獣害に強い集落づくり」や「地域ぐるみの獣害対策」と呼ばれています。

 

 

「獣害に強い集落づくり」のステップは、まず集落で学習会や集落点検を実施し、これまで住民自身がこれまで気づかなかった集落の弱点や被害を防ぐための具体的な知識・技術を身につけることからはじまります。

基礎的な知識を身につけたうえで、自分たちが実行可能な対策を検討し、また対策の成果をきちんと検討したうえで、次とるべき対策へとフィードバックさせるというものです。重要なのは、地域住民が主体的に被害軽減のための試行錯誤を重ねることで、行政はその支援を行う必要があります。

最近は行政による獣害対策の取り組みも少しずつ広がりつつあります。2006年には「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(鳥獣被害防止特措法)」により、市町村が被害防止計画を策定して主体的に被害対策を推進させる協議会を作り、それを国が財政的に支援する枠組みが作られています。

従来の捕獲や恒久柵の設置などハード事業だけでなく、研修や普及、モデル集落育成事業などのソフト事業に対しても財政的な措置がとられるようになってきましたのは大きな成果といえます。

野生動物の被害管理に対する研究により、さまざまな野生動物の行動特性を踏まえた有効な防護柵の開発や、野生動物を引き寄せない営農管理など具体的な技術開発も進んでいます。

しかしながら、各自治体には野生動物の被害管理に対する適切な知識や技術をもった専門人材が不足しています。個人でとるべき対策や集落全体でとるべき対策のほか、地域全体に獣害対策をどのように普及させていくべきか、普及戦略を立案できる人材はもっと不足しています(ほとんどいない)。

さともんでは、このような地域主体の獣害対策に必要な情報や技術の普及するための講演活動のほか、地域住民の主体的な取組をどのように創出・拡大していけばよいか、行政が実施すべき支援策についてのコンサルティングや計画立案等の業務の請負も行っています。